ゲームしてたり、PDAやMacをいじってたり、今思いついちゃったことをだらっと流したり。話題はその日の気分でてきとーに、色々狭く浅く投げっぱなし。写真は先々代ジャンハムのネボ。


by kusarigamayaya
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日常バナシ

祖母を見送ってきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
同人とか関係なく、ばーちゃん自慢しますょ。
 
 
 
私は昔から父方のばーちゃん子でした。
小学生の頃家出したとき、すぐ裏の母方の祖父母宅ではなく家から車で小一時間かかる距離の祖母宅まで歩こうとして途中で派出所に保護されたくらいです。
わかりづらい。

祖母は私の父が幼かった時につれあいを亡くしてから独りで父と叔父を育ててました。
「男になったり女になったり大変だったんだから」と常々口にしてました。かといって俺女的なガサツなひとでなく、人前に出るときはオシャレを忘れないチャーミングなばーちゃんでした。
ちゃきちゃき物を言う割りにさみしがりやで、近所のおばさんが通りかかると家に上げて数時間お茶のみ話してたそうです。

私が小学生の頃、あると喜ぶからって当時働いてたキオスクからマガジンサンデーチャンピオンを持って帰ってきてくれてて、月イチで遊びに行くと積み上がってたそれらを読みふけってました。
今の少年マンガ好きはたぶんそこに根っこがある。

小平に越して来る前に半年ほど一緒に暮らしてました。なんかその時にいろいろやらかした覚えがありますが、怒られた記憶はありません。むしろむちゃくちゃ心配されてましたね。仕事とか。
今はまあぼちぼちやれてますょ。

祖母の訃報を親しい友人数人に伝えたら「お会いしたおぼえが」とか「いただいたおすしおいしかった」とか返事をもらって、そういや祖母宅に居たとき招いたなあとか思い出しました。
でもまあ、人に会うのは大好きで人をもてなすのはもっと好きだったばーちゃんなので迷惑とは思ってなかったよねって思い込むことにしました。

亡くなる数日前にお見舞いに行った叔母が「会いに行ったとき、もう会話はなりたたなかったけどおばあちゃんはずっとあなたの名前を数えてたよ、何度も何度も」って言っててそんなに迷惑かけたのか!! と慌てましたが、それだけばーちゃんの魂に私を刻んだってことカネーと良い方に解釈することにしました。

ばーちゃんはしあわせだったろうか。

ひとが亡くなると、まずそのことを考えてそのことばかりを考えてしまいます。
死ぬ瞬間、たくさん生きて満足だったけどもうちょっとだけ生きていたかったなあ、って思えたらしあわせな人生を送れたんだろうと個人的には思ってますが、ばーちゃんはどうだっただろう。

早世した祖父に普段から「薄情だから迎えにも来ない」とかって軽口叩いてたので、今頃はここ半世紀でたまったあれやこれやを話しているかもしれません。じーちゃんきちんと迎えに来てるよね。会ったことないけど。
大叔父や大叔母の話によると、祖父は物静かで口数の少ない好青年だったそうです。会いたかったなー。

薄情な孫はちゃきちゃき遊び回ってる(明日からも予定が詰まってる……)ので、時々コラーって頭ポカってしに夢の中ででも出てきてくれると嬉しいなあ。

コメントいただいても返事に困ると思うし返事をしないのも心苦しいのでコメントは不可にしておきますすみません。
自慢話を読んでいただきありがとうございました。ばーちゃん大好きなんだ。
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by kusarigamayaya | 2011-07-06 02:17 | 考えた